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《枕草子》的相关趣味知识(中日对照)

作者:来源  来源:沪江日语   更新:2015-9-1 11:25:03  点击:  切换到繁體中文

 

はじめに


前言


今から千年以上前に、中宮定子の女房として仕えた女性によって書かれた随筆、それが『枕草子』です。誰もが知っている作品ですが、作者・清少納言がどのような人であるかを知らないで勉強している学生が多いようです。


《枕草子》是距今千余年前,由服侍中宫定子的女官所书之随笔。尽管该作品家喻户晓,不过也有众多学生不了解作者清少纳言其人而在学习的。


現代語訳を読んでもいまいちピンと来ない。そんな経験ありませんか?現代とは違う―平安時代の常識であったり感性であったり―作者が生きた時代背景を知ることが読解の手助けになると思います。


看了白话版翻译仍一头雾水,大家有过这种经历吗?与现代不同——从平安时代的常识到感性方面——了解作者生活的时代背景将有助于你的阅读理解。


作者について


关于作者


姓は清原、名は不明


姓清原,名不明


清少納言は職場での呼び名です。父・清原元輔、曾祖父・清原深養父は百人一首に選ばれている有名な歌人で、特に父・元輔は「梨壺の五人」の一人として『後撰和歌集』編纂を行った有名歌人であり学者でした。


清少纳言是职场称呼。其父清原元辅及曾祖父清原深养父是入选百人一首的著名歌人,尤其是其父元辅作为“梨壶五人”之一曾编撰《后撰和歌集》,既是著名歌人也是学者。


梨壺とは内裏にある「昭陽舎」の別名です。ここに和歌所が置かれ、村上天皇の命令によって編纂されたのが『後撰和歌集』です。


梨壶即皇宫大内的“昭阳舍”别名,该处置和歌所,《后撰和歌集》为奉村上天皇命令编撰。


規範を逸脱する才女


超脱常规的才女


こうした環境で育った彼女は幼いころから和歌や漢文に親しみ、高い教養を身につけます。「あの清原元輔の娘である」ということで時の関白・藤原道隆にスカウトされた彼女ですが、その実力は才女を集めた中宮定子の文学サロンの中でも際立っていました。すぐに彼女は詩歌を愛する中宮定子のお気に入りの女房となり、サロンの顔ともいえる存在になります。


生长在这一家庭环境中,她自幼即习和歌汉文,深孚教养。仅凭“清原元辅之女”身份即获时任关白藤原道隆赏识提拔,其实力在才女云集的中宫定子的文学沙龙中也是鹤立鸡群。因此立即成为热爱诗歌的中宫定子所宠爱的女官,继而成为可称为其沙龙脸面的人物。


藤原道隆は中宮定子の父であり、あの有名な藤原道長の兄でもあります。


藤原道隆是为中宫定子之父,亦是有名的藤原道长之兄。


サロンの顔といえる彼女の仕事には、中宮への取次ぎも含まれていたようです。中宮の元に使者として訪れる有能な官僚は、同時に一流の文化人とも言え、興味本位から彼女の才能を試すような人物もいました。そういった男性貴族たちと漢文の知識で渡り合う。しかし、これは当時の女性の行為としてはちょっと逸脱した行為でした。


据说作为沙龙的脸面人物,她的工作也包括向中宫传话。觐见中宫的使者里有能力的官员同时也可说是一流文人,当中也有人出于兴趣来试探其才能的。她就跟这些贵族男子以汉文知识交锋。不过,这就当时的女性行为来说是超出常规的。


当時、漢文は男性の学問で「女だてらに」漢文の知識をひけらかすのは宮廷社会の規範を逸脱する行為として、必ずしも好意的にとらえられていたとは言えません。


当时,汉文乃男性学问,若“女流之辈”摆弄汉文知识则是僭越宫廷社会规范的行为,未必被人们所看好。


『枕草子』の内容


《枕草子》的内容


ジャンルは随筆―かなりフリーダム


随笔性质―颇为自由奔放


一般に随筆と呼ばれていますが、それはこの作品を分類するのに適当なジャンルが他にないからです。草花や鳥の名などを列挙した「もの尽くし」的なもの、宮中日記風なもの、風景や人間心理などの随想的なもの。これら長短様々な章段からなる「ごった煮」のような作品です。


该作通常叫随笔,这是因为其他再没有适合其分类的种属了。书中有列举花草鸟名的“万物”性质内容,也有宫中日记性质内容,还有对风景和人类心理等的随感性质内容。该作即是以此类长短各不相同的段落所组成的“大杂烩”。


春はあけぼの?


春天好在破晓时?


「いやいや、春は桜でしょ?」そんな固定観念に真っ向から立ち向かうような鋭い感性が彼女の文章には満ち溢れています。最も有名な序段ですが、四季それぞれの美を思いつくままに挙げたのではない、見逃しがちな「ほんの一瞬の中に存在する美」を捉えた文章です。


“不不不,春天是樱花吧?”清少纳言的文章里满溢着与此类固有观念背道而驰的敏锐感悟力。在最有名的序段中,并未老生常谈地单纯举出四季各不相同的美,而是抓住那容易被错过的“存在于瞬息之间的美”。


夜をこめて(129段)


夜半(129段)


「夜をこめて 鶏の空音ははかるとも よに逢坂の 関は許さじ」


“夜半学鸡鸣,骗得守关人,难过逢坂关”


百人一首にも選ばれ、彼女の代表作ともいえるこの和歌は、有能な官吏・藤原行成との漢文の知識の応酬から生まれました。彼女の理解者である行成が相手だからこそ詠まれたこの和歌。孟嘗君の話が引用されているのがわかりますか?


此和歌也入选百人一首,可说是其代表作,是在跟才高八斗的官员藤原行成的汉文知识应酬中所作。正因为对方是能理解自己的行成,才咏出了此歌。大家知道这里引用了孟尝君的故事吗?


藤原行成は平安三蹟の一人で、その書は一級の芸術品。彼の日記『権記』は当時を知る貴重な資料です。


藤原行成是平安三迹之一,其书法为一等艺术品。其日记《权记》是了解当时的重要资料。


でも、やっぱり女の子(26段)


不过,始终是女孩子(26段)


髪を洗って、化粧して、いい香りがしみ込んだ着物を着たらデートじゃなくても胸が高鳴る。こんな現代人でも共感できるような話も入っているので嫌いにならずに読んでくださいね。


洗发、化妆、穿上熏好香的衣物,即使不是约会也觉得情绪高涨。书中也有此类让现代人也能产生共鸣的部分,所以请别厌烦,读读看。


文体


文体


「をかし」の文章


“明快”的文章


よく『源氏物語』は「あはれ」の文章、『枕草子』は「をかし」の文章と言われますが、そもそも「あはれ」とか「をかし」とはどんな意味でしょう?辞書を引くとどちらも「趣がある」と出てきますが、対象に対する態度に違いがあります。


常说《源氏物语》是“物哀”文,《枕草子》是“明快”文。那么这“物哀”和“明快”具体又是什么意思呢?查字典都写着“有韵味”,只是在对对象的态度上有差异。


注:をかしとは、日本文学(平安期の文学)上における美的理念の一つ。平安時代の王朝文学において、「もののあはれ」と共に重要な文学的・美的理念の一つ。「もののあはれ」がしみじみとした情緒美を表すのに対し、「をかし」は明るい知性的な美と位置づけられる。『源氏物語』を「もののあはれ」の文学と呼び、一方『枕草子』を「をかし」の文学と呼ぶ。しかしこの理念は『枕草子』以外の平安文学ではあまり用いられず、それゆえ「をかし」の文学理念は、『枕草子』固有になっている。


頭で感ずる?


用大脑去感受?


「あはれ」が対象に没入しハートで感ずるのに対し、「をかし」は対象を客観的に観察し、頭で興味を感ずる態度であ